プロト銃夢
〜1990年
1990年初夏。
トミタさんから人事異動でビジネスジャンプに移ったという知らせが入り、また頻繁に呼び出されて会うようになった。
僕はいくつかストーリーや設定画を書き留めただけの企画書を手土産に見せたりしたが、モノになるものはなかった。
(この時期の企画書のひとつ「雷舞音」は後に銃夢荒野編のベースとなった。フォギア、電、ケイオス(名前は違う)、ジュイ(コヨミちゃんの元キャラ)、サイコメトリー、機動盗賊などが登場する。)
だいたい30代のサラリーマンが主要読者層だという「ビジネスジャンプ」に、一体どんな作品を描けばいいのだ?
迷う僕に対して、トミタさんは「好きに描いていい」と言った。
8月の終わりだか9月の始めだかに、トミタさんがまた「RAINMAKER」の話をし始めた。
僕はいいかげん「RAINMAKER」の話はうんざりだったのだが、トミタさんは「あのサイボーグの婦人警官、いいねー。あのキャラを主人公にして何か描いてみない?」と言った。
一流の編集者というのは作家を乗せるのがうまい。
アイディア・テーマ第一主義の僕としては、キャラクターが先にあるような作品はふつう描こうとは思わないのだが、この時はトミタさんの熱が感染したかのようになって、ひとつ描いてみるか、という気になった。
9月下旬、ガリィを主人公にした最初の絵コンテ短編、「銃夢」ができた。以下、区別するためこれを「プロト銃夢」と呼ぶ。
あらすじ。
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近未来日本。重火器が解禁され、サイボーグが一般化した世界。
多発する重武装犯罪に対応するため、警察は危険な業務の一部を「ファクトリー」と呼ばれる民間会社に委託している。ファクトリーは複数あり、互いに業績を競っている。
ファクトリーの武装エージェントは「TUNED」と呼ばれる。本部からエージェントをサポートするオペレーターとペアを組み、犯罪者に挑む。
ガリィ(本名は狩井陽子)は特A級のTUNED。前任のオペレーターが更迭され、後任に新人のルウ・コリンズが就くところから話は始まる。
折しもハッカーがインテリジェントビルを占拠する事件が発生。先に突入した他社のTUNEDの通信が途絶えた。ガリィに出動要請が下る。
ガリィはビルに突入し首尾よくハッカー「イド」(イド・ダイスケとは別人)に肉薄。絶対の自信を持って発砲するが、弾丸は犯人の目前で空中に静止。
すでにTUNED回線を通じてガリィの五感は乗っ取られ、仮想現実の世界に落ちていたのだ。
イドの精神攻撃により、幼少時の事故を追体験するガリィ。
ルウは護身用拳銃(花柄グロック)で端末を破壊し、TUNED回線を強制的に解除。
間一髪危機を回避したガリィは犯人を射殺する。
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この作品は最初「TUNEDガリィ」というタイトルで進めていたのだが、あまりにベタでひねりがないタイトルなので半日考えこんで「銃夢(がんむ)」という題を考え出した。
あらすじで明らかなように、プロト銃夢の時点では銃器が登場し、ハッキングされて「夢」の世界に誘われるので、ちゃんと内容に則したタイトルだったことがわかる。
ただ、自分でも最初は「なんか語呂が悪い題だなぁ〜」と思い、自信がなかった。
これをトミタさんに見せたところ、大好評だった。ただもうちょっとリファインしろと言うことでリテイクを食らった。
そこで設定を少し変えストーリーは全然違う内容の「プロト銃夢」第2稿を上げた。内容は忘れた。
これを映画「トータルリコール」の試写会に呼ばれた日にトミタさんに見せた。
トミタさん渋い顔。またまたトミタさんが期待した方向とは違うほうへ…というか全部描き直すとは思ってなかったらしい。
またリテイク。
僕はもううんざりしていて、もう「プロト銃夢」を描き直す気はなかった。
ここで終わっていたら現在の「銃夢」はなかったのだが、またまた意外なアプローチによって事態が動いていく…。