ゆ き と の 書 斎

す ぱ ら し き 映 画 た ち

第 2 回

ジェイコブズ・ラダー

1990年アメリカ 監督:エイドリアン・ライン 主演:ティム・ロビンス

この映画は、はっきり言って観る人を選ぶ。
おそらく10人中8人ぐらいは、途中でわけがわからなくなって観るのをやめてしまうのではないだろうか。
しかし、「ジェイコブズ・ラダー」は90年代に僕の作品に影響をあたえた、最大の収穫のひとつである。
エイドリアン・ラインといえば「危険な情事」のヒットで有名(僕は観ていないが)な監督だ。そして当時、「ジェイコブズ・ラダー」はサブリミナル効果を積極的に使った作品という評判ばかりで、その内容について触れている紹介文はほとんど皆無だった。ビデオのパッケージも地味〜で、興味を引くものではなかった。
だが、レーザーディスク売り場で目撃した「ジェイコブズ・ラダー」のジャケットは、「ヘルレイザー」と間違えるような奇怪な顔面の写真を配したものだった。
「なんじゃこれはぁっ!ジェイコブズ・ラダーってホラー映画なのかぁっ!?」
かぜん興味がわいた僕はビデオを借りてきて観ることにした。
困惑と、感嘆と感動がそこにあった。一度目で分からなかったことが、二度、三度と観ることによって分かっていく。と同時にいっそうの謎が深まっていく。
このような映画体験にめぐりあうのは10年に一度あるかないかだろう。
冒頭はベトナム戦争のシーンから始まる。主人公ジェイコブ・シンガーは戦闘の混乱のさなか、重傷を負う。場面は一転してニューヨークの地下鉄。不気味な雰囲気に包まれ、通り過ぎる列車の窓には奇怪な顔が一瞬見える。なにが現実なのかどこまでが幻想なのか判然としないまま、困惑したジェイコブをカメラは追う。
ジェイコブは郵便配達員として働き、同僚のジェジーと同棲している。
ジェジーと共に参加したダンスパーティー。ジェイコブは黒人の女占い師に手相を観られ、「生命線がない」と指摘される。ダンス会場では明滅する光の中、醜悪な怪物の姿が見え、パニックを起こしたジェイコブは昏倒する。
ジェイコブは静かな寝室で目を覚ます。妻と三人の子供の父親として。今までのことは夢だったのか?
ベトナムのジャングルの中を担架で運ばれていく自分。
そして気がつけば郵便配達員のジェイコブとして意識を取り戻していた。
ベトナムで同じ隊だった男から連絡があり、ジェイコブは彼と会う。
男は異常に怯えていた。悪魔が見えるという。自分も同じであることをうち明けるジェイコブ。
男は別れ際、自分の車に仕掛けられていた爆弾によって爆死してしまう。
ひとつの疑惑が持ち上がる。すべては軍の陰謀なのか?ジェイコブの隊はベトナムでなんらかの薬の実験台にされ、悪魔の幻覚が見えるのもその副作用なのではないか。そしてその口封じのために爆弾を仕掛けた?
しかし、ジェイコブの魂の旅はまだ終わらなかった…。
冒頭で戦争映画か、と思うとホラー映画のような展開になり、ホームドラマか、と思うと政治陰謀劇のような展開になる。そして最後には、いわば現代版ダンテの「神曲」だったことが明らかになっていく。
この短い文章でこの作品の魅力を語り尽くすことはとうていできない。願わくば、直に作品を見てこの珠玉を味わってほしい。
なお、DVD版は未公開シーンやエイドリアン・ライン監督とシナリオのブルース・ジョエル・ルービンによる解説が収録されており、作品理解を助けてくれるのでおすすめである。