「銃夢」第1話・第2話制作
〜1990年

「銃夢」第1話は28ページ、うち4色(フルカラー)が2ページ(見開きのトビラ絵、後にコミックスのカバー絵に使われた)、2色(黒インクに加え赤インクによるハーフカラー)が4ページ、ふつうのモノクロ原稿が22ページ。これに加え、雑誌の表紙に使う4色イラストを1枚とモノクロカットを1枚頼まれた。
これだけでも膨大な作業量だが、実はこの時、角川書店から出る広井王子先生の小説「蜃気楼帝国」のカラーイラストも数点あげねばならなかった。この仕事を引き受けたのは「銃夢」の連載の話が来るわずか1週間前だったので、断るわけにいかなかったのである。
(「蜃気楼帝国」の話は別項で詳しく取り上げる。)
実家でプータローしていた弟のツトムを急遽アシスタントに招集、この恐るべき作業量の仕事を乗り切った。
ほっとしたのもつかの間、これは連載なのである。すぐ次の話を考えなければならない。
時はまさに12月。恐怖の年末進行が迫っていたのだ。
「年末進行」…この言葉は経験を積んだ業界人をも震え上がらせる。年末年始は印刷所が止まるため、締め切りがその分繰り上がるのだ。
無名の新人が連載第2回目の原稿を落とすわけには絶対にいかない。
一難去ってまた一難とはこのことだ。
第1話のネームを考えたとき、第2話の構想もある程度考えていた。
ボツになってしまった幻の第2話はこんな感じであった。
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物語は第1話から十数年後。ガリィはすっかり大人になり、一人前のハンターウォリアーになっている。
しかしイドは何年も前に失踪してしまっていた。
ある日猟奇的な連続殺人事件が起き、ガリィは犯人を追う。
犯人はなんと、すっかり狂気に染まったイドであった。
ガリィはやむなくイドを倒すが、死の直前、イドは自分が元ザレム人であることをガリィに話し、狂気に走った理由を明かす。
イドはその脳をチップに置き換えられていることを知ってしまったのだ。
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つまり最初の構想ではイドは早くも2話で死ぬ予定だったのだ。「ザレム人の脳が脳チップ」という設定も最初からあった。
しかし1話の絵を入れてみたら予想以上にイドがかっこよくなってしまった。ノッポのイドとチビのガリィのデコボコハンターコンビというのも悪くないなーと思え、トミタさんとの相談の結果、この案は却下となった。
ガリィの成長をもう少しゆっくりと順を追って描くのも連載ならば可能だ。ただ人気がなければ打ち切りになってしまうが…。
神保町のホテル・グランドパレスにカンヅメになり、第2話のネーム初稿をあげた。
きんゆうかんに泊まらされた第1話の境遇からするとかなりのランクアップだ。
TVでは、クウェートを侵略したイラクに多国籍軍がいつ攻撃を開始するかの話題で持ちきりだった。
第2話ネーム初稿では、前半のガリィが単身ハンター登録をするシーンは同じだが、後半イズチとマカクは出てこない。かわりにどうでもいいような雑魚が出てきてガリィの初勝利…という緊張感のないものだった。
トミタさんに見せると、後半部に容赦なくリテイクを食らった。
「もっとインパクトがある強いヤツを出さなきゃダメ!」と言う。
僕は実家に帰ると、ツトムに「悪党の何たるか」をレクチャーしてもらった。
本質的にぼんぼんで人の良さが抜けない僕に比べ、ツトムの悪の大気には学ばされることが多い。
悪党とのつきあいの経験値もツトムの方が上だ。
こうしたリサーチの結果、イヅチとマカクが生まれた。
ネーム第2稿にOKが出て、作画作業に入った矢先、僕はすさまじい腹痛に襲われた。
それこそ、呼吸ができなくなるほどの激痛。東京を往復して慣れない満員電車にもまれて風邪をひいたらしい。僕は風邪をひくとお腹にくるたちなのだ。
イヅチとマカク初登場シーンの絵がへろへろなのは、この時の腹痛が原因だ。
なんとか腹痛を抑えこみ、仕事を続行していると、今度はツトムが歯痛で寝込んだ。
見るとほっぺたが痛々しくぷっくり腫れ上がっている。
ツトムの手伝いなしでは原稿が上がる見込みがないので、歯を冷やすための氷嚢を作ってやり、枕元で仕事をしてもらうよう頼みこんだ。
二人とも体調不良と徹夜でボロボロになりながら仕上げ作業に入る。
原稿が上がっても、ここは茨城の下妻。ド新人の原稿を編集者が取りに来てくれるはずもなく、郵送したんでは間に合わない。東京までの2時間あまりの道のりを、自分たちで車を運転して届けるしかない。
連日の徹夜で意識が飛びそうになるのをかろうじてこらえ、ツトムと交代で車を走らせる。
「ここで事故って死んだら、「天才マンガ家第2話で急死!!」 とかいって伝説になるかもな〜」と冗談を言いあった。
さいわい生き残り、原稿も落とさずにすんだ。
僕もツトムもまだ若く、自分の限界を知らぬゆえに無茶を無茶とも思わず飛ばしまくった。
この仕事のとき、GAMMA RAYのファーストアルバム「Heading for Tomorrow」をかけまくっていたので、この曲を聴くと今でもこの第2話の仕事のことが思い出される。
表題曲「Heading for Tomorrow」の一節「We are heading for tomorrw but we don't know if we're near/俺たちは明日に向かっているが 近づいてるかどうかわからない」がこの時の僕たちの気持ちを代弁していた。