秘密基地プレハブ帝国のゴースト


漫画家・バディプロダクション所属
「i」さん(男性)香川県出身

 小3の夏休みの夜、僕は布団とバットを担いで裏口から外に出ようとしていた。

「あんた、こんな遅くにどこ行くの?」お母ちゃんに後ろから声をかけられた。
 しまった、見つかった。

「秘密基地…」
「どこの秘密基地?」
「言うたら秘密にならんやん」

 僕たちの秘密基地は、友達のやっちゃん家にある、プレハブ小屋だ。
 母屋から離れたところに建っていて、元々納屋があった場所だった。
 大人の目に届かない所にあって、子供達の恰好の溜まり場になっていた。

 僕たちはその部屋を、「秘密基地プレハブ帝国」と呼んでいた。
 その部屋に最近お化けが出るらしい。やっちゃんの話はこうだ。

 その1・小屋の前で写真を撮ると必ず、白い犬が写る。やっちゃんは犬を飼っていない。

 2・丑三つ時、屋根の上を人が歩く音がして、ヒソヒソと人の話し声が聞こえるが、屋根の上を見ても誰もいない。

 そして、壁から赤ちゃんの泣き声が聞こえると言う3つ目。

 やっちゃんの家まで歩いて15分、途中にあるため池の横を通りかかった時、僕は、ヒソヒソと人の話声を聞いた。声のした池の方を見ると、大きな波紋がゆらゆら広がっていた。
 ウシガエルだろうと思った。

 やっちゃんの家の門が見えて来た時、門の前に赤い小さな点が、ちろちろ光っていた。
 それがやっちゃんの爺ちゃんだってことはすぐ分かった。
 日がな一日、門の前の縁台でタバコをふかせているからだ。

 そろそろ近づいて、こんばんわと言った。すると爺ちゃんは、
「晩上好!」と中国語で答えた。

 僕はこの爺ちゃんがあまり好きではなかった。
 大戦中は大陸に渡っていて、銀輪部隊で火炎放射器を担いで走っていたそうだ。
 戦争の話をニコニコ楽しそうに話すから、なんかイヤだった。

 爺ちゃんの横を抜け、母屋の裏にまわると大きな桜の木があって、その奥に我らの秘密基地プレハブ帝国はあった。

 この夜集まった有志は4人、理由は、お化けの存在を確認したら、撃退、成仏させることだった。このプレハブ帝国は俺たちが守る!!

 みんなが持ち寄ったお化け対策は、お経の本、線香、蝋燭、塩と数珠、おもちゃの十字架、僕はバットと近くの神社のお守りだ。それらを手に持って、みんなでエイエイオーとやった。

 しかし、緊張感があったのも最初だけ、持ち寄ったお菓子やジュースで大宴会が始まった。
 オセロに将棋、トランプでスピード、コロコロコミックにボンボンで大笑い。
 釣り具鑑賞に、野球板、ボードゲームにプラモデル、この基地にはなんでもあった。
 日頃、みんなが持ち寄っているからだ。

 0時を廻った頃に、やっちゃんが段ボールから何か瓶を出してきた。聞くとナポレオンというお酒だという。母屋の応接間から持ってきたらしい。
 みんなでそのお酒をちょびちょびやり始め、レコードの『青い地球(※)』をみんなで大合唱した時にはもうすっかりお化け退治のことは忘れていた。

※…アニメ『銀河鉄道999』の終わりの歌。

 僕はフッと目を覚ました。いつの間にか布団の上で寝てしまったらしい。
 部屋には電気が点きっぱなしで少し眩しかった。首を起こして辺りを見回すと、いろんな所でみんなはゴロゴロと寝ていた。僕は首を落として、また目を閉じた。

 と、その時、僕はなにか変な物を見たことに気づいた。それは僕のすぐ左横に寝ていた。
赤っぽいその何かは、小さかった。何かイヤなものを見た。
 僕は、恐る恐る目を開けようとした…が、目が開かない。体も動かなくなっていた。

 金縛り……ってやつかもしれない……怖くなって叫ぼうとしたが、声は出ない。
 何かが、左手に触った気がした。誰かが左手の親指をぎゅうぅぅと掴んだ。
 親指だけを、ぎゅっぎゅっと掴んでくる。間違いなく人の手の感触だった。
 大声をあげようと力んだ時、ふっと体が楽になった。金縛りが解けたのだ。
 …が、まだ誰かが僕の親指を握りしめていた。
 僕はおそるおそる、そこを見た。

 僕の左手の横に、赤黒い裸の赤ちゃんが仰向けで寝ていて、小さく動いていた。
 そして、僕を見ていた。
 まだ生まれたばかりって感じで、僕を見つめる目は瞳の黒色でいっぱいだった。

 僕は、その手を振り払って、わーと叫んですぐ横の壁にぶつかった。
 その音にびっくりしてみんな体を起こして、目を白黒させていた。

「どしたん?」やっちゃんが僕に聞いた。
「赤ちゃんが…」赤ちゃんの姿はもう消えていたが、僕はそこを指さして震えていた。
 やっちゃんは、察したのか、そのまま硬直してしまった。

 もうプレハブ帝国に近づく子供達はいなかった。
 やっちゃん家ではいろんな不思議な現象や不幸が起きていた。
 やっちゃん家に行く途中の、ため池の近くで、身内の人が交通事故にあったりした。
 蝉を捕ろうと桜の木に登ったやっちゃんが転落、頭を5ハリも縫った。

 僕はやっちゃん家にお見舞いに行くことにした。

 門の前の縁台でいつものように爺ちゃんがタバコをふかせていた。
 爺ちゃんの前に見慣れない人が立っていた。
 お遍路さんの恰好で、笠に杖をついたお爺さんだ。
 話し声が聞こえてきた。

「あんた、この近くの池に何か捨てんかったか?」と、お遍路さんが言った。
「納屋を潰した時に出てきた、いらんモンを捨てたが…それがどうかしたかえ」
「あんた、捨てちゃならんものを捨てたな、今すぐ引き上げた方がええ」

 爺ちゃんはタバコを消して、中国語で何かをブツブツと喋ったが、それっきり黙ってしまった。
 お遍路さんは、杖の音を残し歩き去った。

 僕は、その出来事をやっちゃんに話せないでいた。聞いてはいけない秘密に触れた気がしたからだ。やっちゃんに話せば、余計に不安になるだろう。

「やっちゃん、頭の傷、大丈夫か?」
「大丈夫や、こんなモンすぐ治る」

「治ったら、俺たちの新しい秘密基地、造りに行こうや」

※本コーナーに登場する人物名は、すべて仮名です。
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