「ゴム人間」目撃談


漫画家
荒木飛呂彦
文・ウルトラジャンプ編集部「i」さん

 かれこれ5〜6年前。
 発端はスポーツジムでの出来事だった。

 ある日、荒木飛呂彦先生は通っているスポーツジムのシャワー室で
「しっぽがあるおじさん」
を目撃。大人の小指くらいの「しっぽ」が、尾てい骨あたりにはえている。
 背後からだったので顔は見えなかった。

 驚いて、ジムのスタッフにそれを告げると
「この人、何おかしなことを言ってるんだ…」
という冷ややかな視線が返ってきた。

 同時期に「上履きに履きかえない男事件」がジムで起こっていた。

 スポーツジムでは、更衣室で上履きにはきかえるのが普通。
 しかし、ある男が家から履いてきた靴のままジムに入るという事件が勃発。

 当然、問題になったが、その男の主張をジムは受け入れた。
 男は平然と言ってのける。

「自分は家から一度も地面に足をつかずに、自転車でジムに来ている。一度も地面に足をついていないのだから、汚れていない。よって、そのままジムに入っても何の問題もないはずだ」

 そんな無茶な主張を受け入れておきながら、自分の目撃談には冷ややかなリアクションを返すだけのジムのスタッフ。その態度に嫌気がさした荒木さんは、

「無茶苦茶な主張は受け入れるのに、本当に見たことが受け入れられないとは…。もう、何を見ても人に話すのはやめよう」
と思ったという。

 そう決意した矢先、荒木さんは、またも話さずにはいられないものを目撃することになる。

 ある日の昼下がり。
 自宅の最寄駅近くを歩いていた荒木さんの目に、奇妙なものが飛び込んできた。

 少なくない歩行者たちの合間をぬって、自転車で走ってくる姉弟。
 それぞれが自転車に乗り、弟が姉を追う格好で走ってくる。ともに小学生くらいだろうか。
 ロングヘアーにスカート姿の姉、その後にジーパンとジャンパー姿の弟が続く。

 姉が荒木さんの横を通りすぎ、それに続いてやってくる弟に視線を移す。
 その顔を見て、荒木さんは目を疑った。

 露出している肌の部分だけが「緑」。

 手、丸坊主の頭部、それがゴムのような、濡れたようなツヤのある質感で、おまけにその頭部にメガネをかけている。
 つまり、露出している肌の部分以外は全く普通。

 しかも、前を行く姉に楽しげに「お姉ちゃん、○○○○…」と語りかけている。
 姉も自然にその語りかけにこたえている。

 ごく自然に見える姉弟の姿。
 不自然なのは、弟の露出部分だけなのだ。

 周囲の歩行者の中にも「あれ?」という視線を送っている人もいる。
 しかし、誰一人として「うわっ!」とは驚いていない。
 幽霊や化け物を見た、という感じではなく、「何か変な気がする…」という感じの光景だったらしい。

「しっぽがあるおじさん」の件もあったので、
「ひょっとして『ドッキリカメラ』的なイタズラだったのでは…?」
「仮装パーティか何かか?」
と多角的な検証を試みた荒木さんだったが、奇妙な違和感は消えない。
(仮に特殊メイクだとしても、相当なクオリティ。子供が遊びで出来るレベルとは
思えない)

 しかし、誰かに話してまた冷ややかなリアクションをくらうのもかなわない。
 結局、奥さんだけに話し、他の人には話さないままになっていた。

 しかし、ある日、テレビで石坂浩二さんが、

「緑色のゴム人間を見た」

と真剣に訴えているのを見た荒木さん。自分が見たのも、石坂さんが話してるヤツなのかもしれない。そう考えると、あれはイタズラではなく、本当にああいうものだったのかもしれない…とも思うという。


 実際のところ、特殊効果のメイクのようなイタズラだったのかもしれないし、本当にああいうものだったのかもしれない。だけど、そういうことを話すと冷ややかな反応をされるので、あまり話すまい、と思う、とのことだ。

(おわり)
※本コーナーに登場する人物名は、すべて仮名です。
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