顔の白い女


「i」さん(女性)宮城県出身

 この「i」さんは20代の女性で、この話は数年前の出来事となる。

 その日は彼氏とのデートで楽しく過ごし、夜になって彼氏の車で「i」さんの自宅まで送ってもらったという。

「家は団地なんですけど、近くの公園に車を停めて、彼としばらく話してたんですよ。そしたら…」

 公園の脇の道をワゴン車が通りかかった。その車は電気工か配管工か、荷台に工具や脚立がぎっしりと積まれていたのだが、その脚立の隙間から「顔の白い女」がぺったりと窓に顔を押し付け、こっちを見ていたという。

「小さい頃はときどき変なものを見ていたので、ああまたか、何かで死んだ人が車に憑いちゃったんだな、女の人かわいそうだなって思ったんですけど。でもそういうのを見るのは久しぶりで」

 ワゴン車はそのまま通りすぎてしまったので、「顔の白い女」と目が合ったのは一瞬のことだった。なので彼氏にも特に言わず普通に別れ、そのまま顔の白い女のことは忘れてしまったという。

 それから数日たって、「i」さんはまた彼の家に遊びに行った。

 お酒も1〜2杯入って盛り上がっていたのだが、しばらくすると「i」さんは自分の意思に反して、急に不可解な行動をとり始めた。床を転げ回ったりするのだが、自分の意思では止めることができない。別に酔ったわけではなく、意識ははっきりしていたという。

「それから私、急に立ち上がって、彼の家の洗面所に歩いていったんですよ。自分でもなにがなんだかわからないんですけど」

 彼氏はどうしていいのかわからず、ただぼう然としてフラフラと洗面所に向かう「i」さんの後ろ姿を見ていた。すると突然「i」さんは洗面所に向かって「ピンク色のスライムのような」ブヨブヨした物体を、大量に吐き出し始めたという。別に気分が悪かったわけではなく、ましてや吐くほど酔ったわけでもないのに、その謎の物体で洗面所はいっぱいになってしまった。

 その物体は「薄ピンク色の、味も臭いもしない生のモツに近い感じ」だったというが、その日にそんなものを食べた覚えはなく、なぜそんなものが自分の口から出てきたのか当の「i」さん自身まったくわからなかった。

「そのスライムみたいなものを吐いたあと、私その洗面所で倒れちゃったんですよ。で、そのあとの話は彼から聞いたんです」

 「i」さんはいつの間にか寝てしまい、朝起きてみると、まだ彼氏の家にいた。だが彼氏は終始うつむき加減で、なにかに怯えている様子だった。夕べ自分が気を失ってからなにかあったようなのだが、お互いそのことは話し出せず、気まずい雰囲気のまま「i」さんは自宅へ帰った。

 後日「i」さんは彼氏に話があると言われ、街に呼び出された。

 会ってみると、彼氏は「i」さんに対してひどく怯えているようで、あの日「i」さんが気を失ってからのことをぽつりぽつりと話し始めた。

 あの時「i」さんは倒れたあとすぐ立ち上がったが、なにやら顔つきが普段の「i」さんではない。何事かと彼氏が聞いてみると、「i」さんは聞き覚えのない声で「お前たち二人が仲良くしているのが許せない」などとしゃべり始めたという。あせった彼氏が「i」さんの体を揺すってみたが、もうすでに普段の「i」さんではなくなっていた。

「私に取り憑いた霊?というかその人格が言うには、私とその人格が以前出会っていて、私が『かわいそうだな』って思ったために取り憑いた…って言ったらしいんですよ」

 それはおそらく、数日前に見たというワゴン車の中の「顔の白い女」なのではないかと「i」さんは言う。

「そしたら私(に取り憑いた人格)が、彼のことを指さして『お前を必ず呪い殺してやる…』って言ったって」

 そこで「i」さんはその場に倒れ込み、そのまま朝まで起きることはなかった。

 彼氏はそこまで話すと「ごめん、俺もうお前とはこれ以上は無理だから」と言い残して立ち去ってしまった。それ以来「i」さんはその彼氏と会っておらず、今も無事でいるのかどうかはわからないという。

(第2回につづく)
※本コーナーに登場する人物名は、すべて仮名です。
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