阿佐ヶ谷での出来事


ウルトラジャンプ編集部・木城ゆきと担当
「i」さん(男性)東京都在住

 大学に入って上京してきた年なので、1992年のこと。

 上京の条件は家賃3万円以内のアパートを見つけることで、運良く中央線沿線の阿佐ヶ谷で条件にあうアパートを見つけました。

 家賃2万6500円で、駅から徒歩15分、風呂ナシ、トイレ・玄関共同。築数十年くらいであろう木造二階建て・合計6部屋のアパートでした。

 老夫婦が大家さんで、大家さんの家の敷地内に隣接して建ってました。旧間の6畳・和室。1畳くらいの流し場があって、部屋には下段が引き戸、上段が観音開きの押入れがついてました。

 東側・南側が窓、北側が隣室との壁、西側が流し場と出口、という構造でした。旧間の6畳なので、結構広く、日当たりもよかったので満足してました。

 南側に机や本棚、ステレオ。北東の角に、引越しでもらった木箱を置いて、その木箱の上にテレビ。で、西側をアタマにして、布団で寝てたわけです。

 何事もなく過ごして迎えた最初の冬。いつものように寝ていると、夜中にふっと目が覚めました。何か足がつる直前みたいな、体が突っ張るような嫌な感触が…と思った瞬間、金縛りに。

 数年前に金縛りにあった状態と全く同じで、体は動かない。声も出ない。でも、360度見渡せる、という状況。前は実家でしたが、今度は一人なので、かなりおっかなかったです。

 で、仕方なく周囲を見ます。枕元。何もなし。右脇。何もなし。左脇。何もなし。で、足元を見ると。

 ?

 何かおかしい。違和感があります。少し見てると「あ、テレビと木箱がない…」と気付きました。で、代わりにそこに誰かいます。テレビと木箱が、そういう形に見えた、というレベルでなくて、それが無くなった場所に、人がうずくまってました。体育座りのように、膝を抱えて、その膝に顔をうずめていました。どうやら、子供。

 それを見た瞬間、ものすごい寒気がして、「うわ、これは嫌だ、嫌だ」と逃げ出したくて仕方なくなりました。でも体は動かない。で、何故か目線もそこから動かせない。

 本能的に「これはマジでやばい…」と感じました。高校生の頃にかかった金縛りとはレベルというか、ものが違うというか。

 で、視線が外せないまま見ていると、髪は肩ぐらいまでの長さで、ボサボサでした。服はワンピースですが、破れていたり、ところどころ切れていたりと、これもボロボロ。半袖からのぞいている腕、スカートのすそからのぞいてる足は、かなり汚れていて、いたるところに切り傷や擦り傷がありました。血まみれ寸前です。どうやら10歳〜12歳くらいの女の子です。

 ドリフのコントで、爆発した後のような姿。でも、何か生々しいのです。

 これは本格的にヤバイと思って焦っていると、声が聞こえてきました。しかも、女の子のいる方向からではなく、どういう訳か耳元で。最初は微かで聞き取れませんでした。が、次第にボリュームが大きくなり、ようやく言っていることがわかりました。

「いっしょに死のうよ」

 正直、何を言われてるのかわからず、呆気にとられていると、また耳元で声が。

「いっしょに死のうよ」

 もうこれはヤバイ、と。嫌です、と言おうとしますが、当然声は出ません。それでも必死で嫌だ、嫌だ、と声を出そうとします。それに対応するように、向こうの声も大きくなり、

「いっしょに死のうよ」「いっしょに死んでよ」「いっしょに死ねよ」「死ねよ」「死ね」「死ね!死ね!」「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!……」

 とエスカレートしていきます。こちらも必死で、泣きそうになりながら、嫌だ、嫌だ、嫌だ、と声を出そうとします。首を振ろうとします。でも声も出ないし、体も動かない。

 で、力を振り絞って「嫌だ!」と叫ぼうとしたら、「だ!」の語尾くらいが、ようやく声になって出た。自分の耳にかすれた声でしたが、聞こえました。すると、女の子の声が止みました。

 女の子の様子をうかがうと、ゆっくりと顔をあげました。その顔は、やっぱり傷だらけで、血まみれでした。で、その顔で、気がふれた人の笑顔のように、にいぃー、っと笑って、

 消えました。

 うわーっ!と思って飛び起きると、体が動きました。またも冬なのに、大量の汗。息は荒くなっていて、体はぶるぶる震えてました。

 まず電気をつけます。で、おそるおそる女の子がいた場所を確認すると、そこには木箱とテレビが。そのウラを除いてみるも、配線しかありません。

 びびりながらカーテンをバッと開けても、何もありません。とにかく、あまりに怖いので誰かに電話しようかと考えました。しかし、夜中の4時前くらい…。加えて、何か変な音声が聞こえたら怖いと思い、断念。

 テレビをつけようと考えましたが、何かヤバイものが映る筆頭だろう…とこれも断念。

 次にラジオをつけようかと思いましたが、これも信用出来ない。変な音声とか流れかねない。断念。

 じゃあ、CDかカセットテープなら大丈夫じゃないか、と思いましたが、これも保証はない…。特にカセットとか、やばそうだ、とこれも断念…。

 全然眠れないので、本でも読んでやり過ごすか、と思いましたが、とにかく部屋にいたくなかったのです。

 仕方なく、近くのコンビニまで行き、夜が明けるまで立ち読みして過ごしました。そんな時に限って、客は僕一人。店員も奥に引っ込んでいたりして、結局一人で過ごす時間の方が多かったし、店の前の道も車一台通れる程度の道で、人通りも少ない。結局、立ち読みしてても、気が気じゃありませんでした。

 その後、その部屋では押入れの観音開きの扉が夜中に急に開いたり、流し場の鴨居にひっかけた上に突っ張ってある棚が、あり得ないことに夜中に落ちたりして、ヒヤッとしましたが、何かが出てくることはありませんでした。

 大家さんに、このへんで何かあったか聞いてみましたが、特に手がかりになりそうな話はありませんでした。それ以降、約1年住みましたが、何事も起こりませんでした。約2年住んだところで、取り壊しが決まり、引っ越しました。今、その場所は駐車場になっています。

※本コーナーに登場する人物名は、すべて仮名です。
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