また操作ミスで書きこみを消してしまった…。 (T_T)老化現象か…?
> Ivanさん > カルドサーガの修正版
2度目のパッチ当てて遊んでます。 まだいくつかバグがあるようですが、はじめのころとは比べ物にならないぐらいふつうに遊べるようになってます。 (はじめのひどすぎたんですが…) キズが完全に癒えたわけではないけど、バンダイナムコの対応は評価します。
> かくさん > いまPSのカルドで遊んでます。面白いですね!
おお、同士よ!! \(ToT)/ カルドセプトはゲーム大賞をとってもおかしくないぐらいすばらしいゲームですよ!! PS2のカルドセプト・セカンドもおもしろいですよ〜。 友人を引き入れて、対人戦をするとさらに熱いですよぉ〜。
> タンニさん > ガリィのモデルになった実在の人物はいるのでしょうか?
モデルはいませんね。 中学の時の初恋の女性もぜんぜんガリィとは似てないし。 外見的特徴は漫画的デザインの必然性から作られています。 ロングヘアーだと戦闘のとき描くのが大変だから、ショートにする、などですね。 タコ口や小柄なのは幼児を連想する特徴なので、戦闘における強さとのコントラストを生んで面白みを出すためです。 僕はガリィを中性的にとらえていて、女性としては意識していません。 だからこそ自分を投影して、内面を描けるわけですが。
> バーサーカー佐藤さん > 一ヶ月の日程って、どんな感じなんですか?
月下旬最後の1週間をネームに使って、月末につーちゃんに来てもらって実作業突入。 15日前後まで仕事、という感じですね。
> マチュさん > 先生ご自信はご自分の作品を見返したりはするものなのでしょうか? > また、年月を経てますが、そんな中でご自分の作品を見直す中 > (仮にあるならば)、改めて見直したりとか、旧作銃夢から現銃夢への > テーマまたは表現したい事への改変??などはありますでしょうか? > そして、銃夢を描く上で、先生の信条のようなものが(お困りでなければ) > あるならば、ちょっと訊いてみたかったりします。
またまたマチュさんにむずかしい課題を出されましたね〜。
まず、自分の作品を読み返すかどうかですが、 僕はトミタさんに言わせれば、非常によく読み返すタイプの作家だそうです。 他の作家さん、たとえば鳥山明先生などは、まったく自分の描いたものを読み返さないんだとか…。
僕はふだんも銃夢LOはよく読み返します。 さすがに旧銃夢は読み返さなくなっていたのですが、 前回・前々回の仕事のとき、大量に昔のキャラが登場するためにやむなく昔の単行本を参照しました。
絵がヘタすぎて、死ぬかと思いました…。orz あああ、よくあんなヘタな絵を世間にさらしてたもんだな俺。 衝撃だったのは、97年ごろの銃夢外伝の絵もすでにヘタクソに見えてしまうこと。 あんまり見てると鬱になって切腹したくなってくるので、適当に見てあとは想像で補って原稿を描きました。
旧銃夢と銃夢LOのテーマまたは表現の違いについて。
旧銃夢の初期は毎回テーマの違う短編ものという感じでしたが、 その後クズ鉄町・ザレムの成り立ち、謎の宇宙世界や陽子の過去などを 描くためにはスタイルを変えていかざるをえないわけです。
その変えていく部分をネガティブにとらえるのではなく、ポジティブな可能性としてとらえる。 旧銃夢がニュートン力学なら、銃夢LOはそれを包括する相対性理論でなくてはならんのです。
謎に回答を与えて消去法でつぶしていくと、 きわめて論理的な理路整然とした物語なり設定になりますが、それではおもしろい物語にはならない。 結末に向かってどんどんつまらなくなっていく。
理で割って、割り切れず余りが出るところに物語の醍醐味があるわけですよ。 理で割れる物語はたとえると数学の方程式ですから、ちょっと聡い読者には簡単に先が読めてしまう。
理で割れないものが人間の魅力。だから物語に必要なのは魅力的な登場人物。 筋の上で必要な役割を超え出てしまうような過剰さをもったキャラが必要です。
とはいえ、LOでヴァンパイアという設定を出す時はかなり勇気がいりました。 (^-^;) Pボックスもさんざん仕掛けを張っておいて、いざ起爆装置を押す時はちょっと悩みましたね〜。
なんかまた質問の趣旨から離れているよーな気がしますね〜。
昔トミタさんとの打ち合わせで僕がよく使っていた言葉に、「銃夢コンセプト」というのがあります。 これは銃夢の物語世界を構成する最低限の骨組みとルールのことで、製作作法の部分まで含んでいたので (たとえばトミタさんが突拍子もないことを言い出すことも考慮に入れていた)、 一言で言い表すのはむずかしいのですが、 このコンセプトの内部ではいくらでも融通がきくようになっているのが特徴です。
たとえば、旧銃夢第1話でトミタさんの入れ知恵により機甲術が生まれ、 クズ鉄町では銃器は違法という設定ができてしまった、というのは有名な裏話ですが、 これはコンセプト内のことなので設定の変更に抵抗感はないのです。
もちろん一度作品に描いてしまった設定は残るので、だんだん自由度は減っていきます。 それでもクズ鉄町を一歩出れば銃器の制限はなくなります。 またザレムでは異なったレベルのテクノロジーと管理社会が存在します。
こうした舞台ごとに物語上の設定を独立させる方法は「装甲騎兵ボトムズ」の影響です。 銃夢コンセプトではこうした「オブジェクト指向」をキャラクターや設定や個々のエピソードにまで徹底して、 融通無碍、自由自在に構成することを目的にしています。
銃夢LOではこうした「銃夢コンセプト」を受け継ぎつつ、新たに拡張したスタイルを使っています。 それはたとえば、結論めいたこと、悟ったようなことを登場人物がはじめに言ってしまう。
例を挙げると、ガリィの「脳チップでも人間は人間だ」とか。 ここでの主張は登場人物一個人の立場に基づいた発言であって、作者の僕も本当にそうかどうかはわからない。 (僕の作品のキャラの発言はすべてがそうです。キャラの発言=木城ゆきとの考えではない。)
そこで「ん〜?本当にそうかなぁ〜?」と、様々に反証する事件や試練、新たな登場人物との戦いを起こす。 ガリィが試練を乗り超えたり様々なアクションをしていく中でその主張の真偽が問われていく。
つまり、思考実験ですね。 本当の結論がどうなるかは僕もわからない。
ただし「銃夢コンセプト」の大原則の1として、「主人公だけは最後まで死なない」というルールがあるので、 ガリィは死ぬよりつらい目にあってもラストまで死にません。
銃夢を描く上での信条はですね〜。
銃夢に限らずなんですが、毎回「死ぬまでに言っておきたいことを何かひとつ描けたか」、 つまりかっこよく言うと、明日ポックリ死んでしまっても思い残すことのない作品を描こうと…。 いや〜思い残しまくりで、最終回前に死んだら化けて出ること確定ですけどね〜。
でも95〜96年ごろ精神的危機に陥っていろいろ考えたわけですよ。 「なんで俺はこんなつらい思いしてまで漫画を描かねばならんのか…」とか。 「現代社会ではすさまじい量の物語が毎日消費されている。なんでみんな作り話を欲しがるんだぁ〜!?」とかね。
あぶなかったですよ。
漫画家やめるかとか、木城ゆきとという名前を捨ててアシスタントからやり直すかとか考えました。
特に「なんで作り話を欲しがるんだ?」という疑問は、物語の作り手として、 再起不能になる危険を含んだ問いかけでした。
悩んだ結論は、水中騎士の最後の方にちょっと出てくるように 「物語とは、人間の生きる糧そのものなんだ」というものでした。 精神の食料であり、人間は物語を補給しないと生きていけないんだ…と。
この悩みの時期に、自分の創作の動機を洗い直してみたわけです。
そうしたら、「つまるところ自分は遺言を描いてるんだ」という結論にたどりつきました。 毎月の連載は、「今月の俺の遺言はこれだっ!!」とか叫んで描いてます。
ゆきとクロニクルに、幼少期の僕の絵画衝動に死への恐怖が密接につながっていることを書きましたが、 やってることが複雑になって飯の種にしたり内容が高度になったりしても、結局同じなんですね。
だから、漫画家や作家を目指してる若い人たちで、「書きたいテーマが思いつかない」とか悩んでいる方達に軽くアドバイス。 まず1ヶ月後に自分が死ぬと仮定して、それまでにやりたいこと、不特定多数の人に言っておきたいことを好きなだけ書き出してみるといいと思いますよ。 その中に作品のテーマにつながるものがない人は、作家には向いてないのであきらめた方がいいですね。 |