特別寄稿の壱

「巨大クサガメ」

木城 ゆきと

僕が小学校5年生頃、千葉県柏市に住んでいたときのことです。

日がとっぷりと暮れようとしている時間帯でした。

生活排水が流れ込む溜め池(10×3メートルぐらいの大きさ)を見下ろす道のガードレールに寄りかかり、ふと下の水面を見ると、カメがいます。

カメは甲羅の前半分と頭を水面から出し、コンクリの壁と水面の喫水線に群がっているイトミミズをのんびりとついばんでいます。カメの目の後ろから首筋にかけて走る黄緑色の線で、それが見なれたクサガメという種類であることはすぐにわかりました。
何匹も飼ったことがありますし、僕はクサガメの粘土像で市の賞を取ったこともありました。
そんなところでカメを発見しただけで子供の僕にとっては興奮ものですが、すぐに何か変なことに気がつきました。

大きすぎるのです。

僕のいるガードレールから溜め池の水面まで2〜3メートルの高さがあります。
それを考慮に入れても、頭の大きさが子供の拳ぐらいあります。体全体は濁った水面下に隠れてわかりませんが、頭のサイズから推測するに、ゆうに50センチから1メートルはありそうです。
普通クサガメは大きくなってもせいぜい30センチが限度ですから、絶対にあり得ない大きさです。
僕の心臓は早鐘のように鳴っています。

「家に走っていって、網を取ってくるか!?」

しかし、ここから家まで、駆け足でも10分はかかります。
それまでカメが逃げないでいるだろうか。だいたい柄の長さが1.5メートルしかない魚取りの網では、
溜め池の縁に降りて向こう岸から手を伸ばしても届きません。腰まで池につかる覚悟が必要です。
それに直径30センチの網であのカメを捕らえられるだろうか…?

躊躇しているうちにも、どんどん日は暮れていきます。もうすぐ暗くなって、カメを視認することもできなくなるでしょう。

結局僕は、網を取りに家に走りました。
息を切らして戻ってくると、なかば予想どうり、もうカメの姿はありませんでした…。