特別寄稿の参

「木城ゆきとドッペルゲンガー事件」

木城ツトム

ロクな怪奇体験談もない我々兄弟が、前出の件に引き続いて二人で体験した不可思議な事件がこれである。こともあろうに、この事件は「銃夢」連載中の仕事場で起こった……!

「銃夢」連載当時、ユキトプロでは6時間睡眠・18時間労働という鉄のオキテがあり(実際には食事の時間があるので18時間も仕事はしていない)、特にアシスタントは仕事がなくても6時間以上の睡眠は許されない。フロにも入れない。
一度仕事場に呼ばれると仕事が終わるまでの一週間ほどは、そうした過酷なスケジュールに耐えねばならなかった。

(もちろん、一年を通して数日しか休みの取れないゆきと先生が一番過酷であった)

そんな中で、私はチーフアシスタントとしてゆきと先生から仕事をもらい、それらを他のアシスタントたちに分配する役目を担っていた(当然、私自身もやるわけだが)。
そのためにも私とゆきと先生は常に睡眠の時間帯をずらし、なるべく手が止まらないように仕事をまわす工夫をしていたのである。

ちなみに当時、ゆきと先生はドラえもんよろしく仕事場の押し入れを寝床としており、アシスタントは別の寝部屋で一斉に就寝するのが決まりであった。
アシスタントたちが寝てから6時間たつと、ゆきと先生が電話の内線を使ってアシスタントたちを無情に叩き起こすのである。

で……その日、私を含めた数人のアシスタントたちは、朝の6時ジャストに目覚めるべく夜の12時ジャストに寝床に入った。ゆきと先生は仕事部屋でひとり、原稿に向かっていた。
ここから先はゆきと先生の証言である。


快調に仕事をこなしていたが、朝の5時30分ごろになって、猛烈な睡魔に襲われ始めた。頭はゆれ動き、ペンを持つ手はあらぬ方向へいってしまう。これでは仕事にならない。
しかし、あと30分でツトムたちを起こすことができる!
ツトムたちを起こせば、仕事の指示をして寝ることができる。だが、今寝てしまっては仕事の指示ができず、ツトムたちを遊ばせてしまうことになる。がんばるのだ!
……だがしかし、ついに睡魔に屈して、5時45分に押し入れに転げ込むと、気を失うがごとく眠りについてしまった……。


そんなゆきと先生の状況もつゆ知らず、すっかり熟睡していた私の枕元の電話の子機が、6時ジャストに鳴った。

プルループルルー、プルループルルー、プルループルルー、ガチャッ。
「起きろー」(不機嫌そうなゆきと先生の声)
「うぃー」(寝ぼけた私の返事)

私がコール3回で受話器を取って返事したことを、同室で寝ていたアシスタントのAさんも聞いていたことを後に証言している。
受話器から聞こえてきたのは、間違いなく不機嫌な兄・ゆきとの声であった。このことはどれほど寝ぼけていても間違えようがない。ここに断言できる。

だが、仕事部屋に行ってみると、ゆきと先生は押し入れでいびきをかいて寝ているではないか。

我々アシスタントがふとんを片づけて仕事部屋に来るまで、わずか5分足らずである。いびきをかくまで寝入るには、ちょっと早すぎはしないだろうか?
アシスタントたちも目を丸くしていたが、私はもっとおかしなことに気づいていた。

(自分から電話で起こしたのに、仕事の指示をすっぽかして寝てしまった……?)

この状況は、今までのユキトプロの常識からは考えられない展開である。そんなジョークをやらかすような雰囲気はユキトプロにはありえないし、当然スケジュール的にもそんな冗談をやらかす余裕はない。

しかし結局のところ、仕事の指示がないがために、我々アシスタントはゆきと先生が起きてくるまでの6時間を無為に過ごすことになってしまったのである。

「お前ら、ちゃんと起きた?」

6時間後に目覚めたゆきと先生の第一声がこれである。

「朝の6時になる前に寝ちゃって、お前たちを起こせなかったからさぁ……」

我々を起こしたのは、いったい何者だったのだろうか?