特別寄稿の弐

「母の呼び声」

木城ツトム

本来ならばこの話は「ゆきと先生の体験談」なのだが、いっしょに経験したということで私がお話しする次第……。

まだ我ら兄弟が幼かったころ、せまい家のこども部屋には二段ベッドがあり、上を兄が、下を私が寝床としていた。
その日、我ら兄弟は昼間だというのに二段ベッドの上の段で遊んでいた。
時間も忘れてたわむれていたその時、ふいに、遠くから呼びかけるような声がした。

「ゆきとー」

明らかに母親の声である。
兄もすぐに反応して、二段ベッドの階段を下りていった。私もそれに続いた。
母親は台所でガサツな手つきで洗い物をしていたが、我々二人の顔を見ると怪訝そうな表情になった。

「何?かあちゃん」
「何って、呼んでないわよ」

呼んだ、呼ばないでひとしきりの悶着の後、我々二人はふたたびベッドに戻った。
しかし、ベッドに上るやいなや、またしてもあの声がした。

「ゆきとー」

「なんだよ、やっぱり呼んでるじゃん」と不機嫌そうにベッドを降りる兄に、私も続いた。
声は明らかに母親のものである。

「何!?」
「だから呼んでないわよ!」

母親のイタズラか、もしくは我々二人の空耳、というのがこの件のまっとうな説明であろうが、
母親のイタズラというのは後にも先にも例はなく、兄弟二人そろっての空耳というのももちろん覚えがない(ゆきと先生特別寄稿の『落下星』は二人での目撃だが)。

ささいな話だが、どうにも説明のつけられない話である。