プリーズの四拾壱

「ザンバラ髪の老婆が……」

池田哲彦 さん

僕が大学に入ってアパートに引っ越し、2、3年が経ったある冬のこと。
夜2時過ぎに、なんかアパートの前でがさがさ音がして目がさめました。

泥棒がカギを開けようとしてるんだ、と思った僕は、110番をすぐできるようにとコードレス電話の受話器を持ち、音がしないようにドアの横にある窓を少しだけ開けました。

薄暗い街頭に照らされて浮かんだのは、白っぽい寝巻きか浴衣を着て白髪を振り乱した老婆が、道路の端にたまった枯葉の中に手を突っ込んで、何かを探すように、がさがさっがさがさっとまさぐっていたのです。

僕はあまりにも意外で異様な光景だったので、動けなくなってしまい、むしろ泥棒がいたほうがよかったなどと思っていました。

しばらくその光景に身動きができずに見ていたのですが、寒さのためか怖さのためか震えてきてしまい、でも音を立てたら見つかると思って、一ミリずつ窓を閉めてゆっくりゆっくり歩きながら布団の中に入って、布団をかぶって丸くなってずっと震えていました。

一ヶ月後に、一本となりの国道で、お婆さんが夜中車にひかれて死亡する事故がありました。

原因は痴呆による徘徊で道路に出てしまい、ひかれたということでした。そのときまで知らなかったのですが、そのお婆さんは僕のアパートの隣の借家に住んでいたのでした。

今考えると、何回かそういう風に徘徊していてとうとう事故に遭ってしまったのだなぁ、あの時もっと冷静に警察に電話してお婆さんを保護してもらったほうがよかったかも、などと反省しました。

でもあの時はチョー怖かったからなぁ。