プリーズの八

「見たかった火の玉」

徹鬼 さん

火の玉、すなわち正体不明の発光現象というのは結構ひんぱんに目撃されるもので、信頼できる記録もたくさんあります。

たとえば、牧野富太郎という日本を代表する植物学者が書いた「牧野富太郎植物日記」というエッセイ(名著なんで今でも出版されているかも)に、四国の山中で実際に見た様々なタイプ(飛び回ったりじっとしていたり音がしたりしなかったり)の火の玉について述べ、「私は自分の体験から、火の玉というものは実際にあるものだと思っています」といっているところがあります。

私はこれを小学生のとき学校の副読本かなんかで読んで感動し、それ以来なんとか火の玉を見たいものだ、と思っていましたが……。

2年ほどたったある早朝、私は川べりを犬を連れて散歩していました。
霧の濃い日であたり一面うすぼんやりと曇っていました。
歩きながら、なにげなく200mほど向こうの神社の森の方を振り向いたその瞬間。

  「めらっ」

木々の上にゆらめくオレンジの炎(のようなもの)。
次の瞬間、何事もなく霧に包まれた森があるだけでした。

「むうぅ、ついに!! でもなんか、普通の炎の先をちょんぎって飛ばしたみたいだったなあ」

と思ったので念のため、そのあたりでたき火でもしてないか行ってみたのですが、もちろんだれもいませんでした。

たったこれだけですが、最近郷土史の本を読んだところ、昔(といってもせいぜい戦前くらい)このあたりでは火の玉のことを「けち火」と呼んでおり、人通りの少ないさびしい場所(これを「けち」なところという)ではわりと普通に見られていたらしいのです。
そう珍しいことじゃなかったんですね。

ひょっとしたら、昔の夜の山中って必ずしも真っ暗闇じゃなくって結構カラフルだったりして。
それはそれで……慣れれば面白いかも。