プリーズの七

「プールの老人」

fub さん

これは僕がプールで泳いでいたときに起こった出来事です。

その室内プールはとっても広くて、深さが2mぐらいある公認プールなもんだから、足がつきません。
50メートル以上泳げる人じゃないとダメだから、競技派の人達とか本格的に体力づくりをしている人達しかいないわけです。
その上、平日だったから、その日は僕の他数人しかそのプールで泳いでいませんでした。

僕は20歳になってから水泳を始めたような人間なので、クロールが右呼吸しかできません。
で、いつもの通り右のコースを見ながら泳いでいました。
今考えれば、水の音しか聞こえないあまりにも静か過ぎたと思うのですが、その時は無心で気持ちよく泳いでいました。

プールの半分、つまり25mぐらいまで来たときに、僕の視界におじいさんのような人が入りました。曇り止めをしばらく塗っていなかったゴーグルの視界はあまり良くありませんでしたが、確かに右のコースを人が泳いでいると感じました。
で、次の息継ぎの時に顔を右に向けると、僕と同じスピートで泳いでいるように見えたので、

「ううむ、老人にしてはかなりのものだ」

と関心していたのですが、その次の息継ぎをしたときに水面から顔を出してこちらを見ているように見えたので、

「ふふ、力尽きたか」

などと考えながらまた息継ぎをすると、また同じようにこちらを見ています。

「?!」

僕は少々気味悪くなって、息継ぎの直前水中から隣のコースを見ると、人がいる形跡がありません。そして、水面に顔を上げると……。

僕は怖くなって、その息継ぎは目を閉じて、次の呼吸から慣れない左に切り替えました。
案の定呼吸が乱れフォームもばらばらになってきました。水深は2mなので立てないし、まだ15mはあるし……。
そんな危機的状況で1時間程前の出来事を思い出しました。

そのプールに行くための電車に間に合わせる為に急いで自転車をこいでいた僕は、近所の八百屋の前で倒れてピクピクしていたおじいさんを知らん顔して通り過ぎていた事を思い出したのです。

「おじいさんごめんなさーい」

そう心の中で叫びながら、バラバラのフォームでなんとか向こう側にたどり着きました。
すぐさま右のコースを見ると誰もいませんでした。

倒れていたおじいさんを助け、救急車を呼んであげれば……という僕の心が、その様な幻覚を見せたのでしょうか?
それとも……。