[ 奇現象1 ]

悪魔の足跡




一列の足跡


この話は今から150年ほど前の1855年、イギリス南西部のデボンジャー州で起こった出来事である。その年の冬はイギリス全土を寒波が襲い、気候が穏やかな南西部でもひときわ厳しい冬だった。

2月8日の晩は雪が降り続き、翌朝、景色は一面の銀世界と化していた。デボンジャー州トップサム村の人々は外に出ると、そこにいつもは見かけない奇妙なものがあることに気がついた。

見れば、積もったばかりの雪の上に点々と足跡がついている。足跡の形は馬のひづめのようだ。だが、そこにあるのはまっすぐ一列の足跡である。
四本足の馬が一列の足跡をつけられるはずがない。二本足の動物だろうか?二本足の動物が、綱渡りでもするかのようにまっすぐ歩いた。そんな感じである。だが、足跡は大きさ10cmほどのひづめの形をしている。ひづめを持つ二本足の動物など、どうにも思い当たらない。答えが出ぬままに、村人たちは雪の上にくっきりと残る謎の足跡を追って、南へ向かっていった。

すると、足跡はレンガの壁にまっすぐ向かってとぎれている。あたりに曲がった形跡はない。村人たちは呆然とするが、次に壁の向こう側を見て仰天した。足跡は壁を飛び越えて、向こう側へさらに続いていたのである。足跡は干し草の山に向かっていた。干し草の上の雪には足跡はなく、きれいに積もっている。だが足跡は、干し草の山の向こうに続いていた。さらに足跡は一件の家に突き当たる。あたりの雪にはまったく乱れた様子もなく、足跡は屋根の上へと続いていた。


悪魔のしわざ?


こんな奇妙な動物は思い当たらない。とすれば、考えられるのは何者かの悪ふざけだ。極寒の吹雪の真夜中を、どこかの愚か者が足にひづめをつけて歩き回った。そういう突拍子もないことも、時として起こりうるものだ。

しかしやがて村人たちは、そうした愚か者の存在まで考え直さなくてはならなくなる。足跡はデボンジャーの広大な田園地帯を縦断していたのだ。トップシャムからリンプストン、エクスマス、タインマス、ドーリッシュ、さらにトートマスにまで及ぶ、約160kmもの道のりである。

足跡はふらふら進路を変えながら、あちこちの村に立ち寄っている。まったく気まぐれに歩いたとしか思えない状況だ。一晩でこれほどあちこちに足跡を残し、屋根の上まで歩くとは、まるで翼があるがごとしだ。しかも足跡は、場所によってはひづめの先が割れているようにも見える。
ヴィクトリア朝のこの時代、村人たちが夜の町を飛び回る「悪魔」の姿を思い描くのに、そう時間はかからなかった。もっとも、それ以外の説明が用意されていないのも事実である。
家のまわりを悪魔が歩いていった。その事実にデボンジャー州一帯が騒然となる。男たちは銃を持って足跡を追跡し、妻や子供たちはかんぬきをかけて家に閉じこもった。


さまざまな動物説


しかし、当然ながら誰もが「悪魔」の実在を信じたわけではない。一週間後の2月16日にはこの事件が「ロンドン・タイムズ」に取り上げられ、記者や学者、牧師などが次々と自らの見解を示した。曰く、犯人はロバ、ポニー、カワウソ、鹿、ビーバー、ネズミ、イタチ、ウサギ、アナグマ等々……。
屋根の上を歩くロバや、ひづめを持ったウサギがいるならば、事件は解決である。だが、これらの説で不十分なことは明白だ。さらに「鳥」説が出る。残念ながらひづめのある鳥はいない。しまいには「カンガルー」説まで飛び出す。G・M・マスグレイブという牧師の説で、近くの私設動物園から逃げ出したカンガルーが犯人だという。一時はこのカンガルー説が有力視されていた。屋根を歩くひづめのついたカンガルーがいれば、この珍説は正解であった。


謎の生物の犯行?


時代は下って1954年8月11日、イギリスのキャンディ島で未知の生物の死骸が発見されたという事件がある。長さ約120cm、重さ約11kgの海洋生物で、全体がピンク色をしており、目が突き出ていた。この生物は2本の短い腕と5本の指がついた足を持っており、足の裏はへこんでいたという。この島では、前年にも同種と思われる生物の死骸が見つかっている。
この謎の生物が「悪魔の足跡」の犯人かどうかはわからないが、この生物を発見した人たちは150年前の事件を思い起こしたそうである。


唯一の合理的説明


もっとも合理的で理論的な説を最後に紹介する。1985年に『悪魔の足跡』という書籍でこの件に関する諸説をまとめたジェフリー・ハウスホールドは、犯人は「シャックル(掛け金)を引きずった実験用気球」だとする仮説を唱えた。
デボンポート海軍造船所で造られた実験用気球が事故で外れ、2つの掛け金を引きずって雪に印をつけながら飛び回ったという説だ。過去に、実験用気球が外れて各地を飛び回ったことがあったというのである。

確かにこの説ならば、足跡が一列に並んでいることも、障害物をたやすく飛び越えることも、そして屋根の上にも足跡があることを一挙に説明できる。一晩で160km移動することも、気球ならば難しいことではない。この仮説で事件は解決するかのように思える。


すべては闇の中に


しかし、「気球」説ではひとつだけ説明できないことがある。あちこちに足跡をつける「気まぐれさ」である。一見、足跡がフラフラと無目的につくことは「気球」説を裏付けているようにも見える。しかし、事件の前日、2月8日の晩は吹雪の夜であった。当日は東から風が吹いていたが、足跡は海岸沿いの村にもまったく気まぐれに足跡をつけているのである。


事件から150年が経ち、今や文献の中でしか推測はままならない。唯一確かなのは、1855年以前もそれ以後も、悪魔がデボンジャー州を歩いた形跡はないということだ。
すべての真実は2月8日の雪と共に、永遠に消え去ったのである。





参考文献
世界不思議百科
(コリン・ウィルソンほか/関口篤/青土社)
サイキック
(コリン・ウィルソン/荒俣宏ほか/三笠書房)
オカルト
(コリン・ウィルソン/中村保男/平河出出版社)
心霊現象を知る事典
(春川栖仙/東京堂出版)
ボーダーランド
(マイク・ダッシュ/南山宏/角川春樹事務所)
週間エックスゾーン
(デアゴスティーニ・ジャパン)
世界謎物語
(ダニエル・コーエン/岡達子/社会思想社)
世界不思議物語
(N・ブランデル/岡達子ほか/社会思想社)
世界怪奇実話集
(N・ブランデルほか/岡達子ほか/社会思想社)
世界謎の10大事件
(醍醐寺源一郎ほか/学研)
別冊宝島415現代怪奇解体新書
(宝島社)
タイタニックがわかる本/改訂増補版
(高島健/成山堂)
トンデモ超常現象99の真相
(と学会/洋泉社)
ニッケル博士の心霊現象謎解き講座
(ジョー・ニッケル/皆神龍太郎/望月美英子/太田出版)
超常現象大事典
(羽仁礼/成甲書房)
世界ミステリー実話集
(学研)
ムーミステリー大事典
ムーミステリー大事典2
(泉保也/学研)


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