「お帰りなさい…」

(オッタテから東京・池袋の親戚宅に移って)育てられたんだけど、結局は池袋の家を出ちゃって。ヨシ、いっぱしに一人で働いてやっていこうと。アパートの部屋借りて、一人で住み始めたのね。

そういう生活をしてて、仕事してアパートに帰ってくると「なんかは今日はやだなぁー」と思うのよ。そうすると、夜寝てるときにトントン、トントンっていうのよ。窓をトントンってたたくの。でも、あたしが借りた部屋は2階なのよ。だって2階の窓を普通たたけないでしょ?おかしいなぁ、なんでこういう風に窓をトントンたたくのかなぁ…って。そうすると、しばらくたつと「電報です」って来るのよ。ヤバタの叔母が死んだ、とか。そういう虫の知らせが2回か3回あったの。

でいつだったか酔っぱらって帰ってきた時に、部屋の鍵を閉めてそのまま寝ちゃったのよ。で「誰かいるな、この空気は…」と思って目が覚めると、脇に男が座ってたの。玄関のドアは閉めてあるのよ。部屋の窓は夏だから、少し開けておいたと思うのよ。カーテン閉めて。おかしいなぁ、幽霊かなぁ…、と思ったらこの男(タダマサ)だったの(笑)。忍者じゃあるまいし、まっすぐ(垂直な)2階に上がってきたのよ。(タダマサに)あの時はどっから上がってきたの、アンタ!?



それで、それからしばらくして、(アパートの)大家さんの奥さんが具合悪くなったのよ。大家さんは下の部屋に住んでたの。それで大家さんの奥さん、すごいべっぴんさんだったの。きれいな人でね、共産党で…なんかそういう反発してたの。旦那さんが赤旗の新聞記者で。ダイちゃんていう、まだ生まれたばっかりの小さい男の子がいたのよ。かわいがってたのよ、あたしが「ダイちゃーん、ダイちゃーん」って言って。

それで具合悪くなって。肝臓…肝硬変だって言ってたかな。あたしがシジミとか買ってみそ汁作ってあげて。そのころあたしは赤旗のボランティアやってたから…、独りで住んでる年寄りとかいるでしょ。年寄りばっかりで住んでるとか。洗濯とか掃除とか、日曜日にしてあげてたのよ。そうやってボランティアやってて、大家さんの奥さんも具合悪いから、洗濯とかご飯作ってあげたりしてたのよ。

それで、その奥さんが死んじゃったの。あたしそのこと知らなくて。昼も夜も勤めてたから。それで、アパートの庭の前に木の扉があるのよ。いつもそれをガラガラ〜って開けて、足音コツコツっていってアパートに入ってくると「滝沢さん、お帰りなさい…」って言うのよ。起きてこられないんだよ。足音聞いて、あたしに「お帰りなさい」って言うのよ。

昔の木造のアパートだから、トイレもみんな共同なの。それである日あたしが夜寝てた時、ダイちゃんと旦那さんと奥さんできれいな着物着て、「滝沢さんにお世話になって、すっかりよくなりました。どうもありがとう」って挨拶に来たの。夢の中なんだけど夢だか現実だかわからなくなっちゃって、ぱっと起きて「夢だ」と思ったの。それでトイレに行ったのよ。そしたら奥さんが寝てた布団が全部、たたんでトイレの脇の廊下に置いてあるのよ。

それで大家さんの部屋に行ってみたら、もう奥さんが寝せられて、身内の人が集まっていたのよ。びっくりしてねぇ。だって「滝沢さんのおかげで本当によくなりました」って挨拶に来たんだよ…。そしたらもう、トリハダどころじゃないよ、部屋に戻って鍵ガチャンって閉めてさ。もう震えてたもん。さっき来たのは誰なんだって…。

その後、あたしが勤め行って帰ってくるでしょ。そうするとまた「滝沢さん、お帰りなさい…」って聞こえるのよ。