 | ぱっと書ければいいんですが、俺も邦画の純粋ファンか
というとそうではないので、果たして俺の抱いている
日本映画観が正しいのかどうか・・・
と思いをめぐらせたのち、まあ俺が日本的だと感じた
ことを素直に書けばいいかと考えがいたりました。
やはり、何気ないやりとりや描写の中から、細かい情感
を伝えていこうとする部分が日本映画の特徴かなと思い
ます。
フランスにはその気を感じるけど、日本映画ほど情感、
ニュアンスにこだわる文化は他にあまりないのではない
かと。
人狼でいうならば、たとえば訓練の合間に洗濯機の横で
くつろいでいたり、何気なく電車に乗って遠くをながめて
いたり、公園で戯れたり、デパートの屋上で風船を持った
子供と出会ったり。
機関銃を組み立てるシーンも、洋画なら怒りを表現したり
するために勇ましく描写したりするが、人狼では黙々と
ただ組み上げる。
その時の意味や心情はどうとでも取れるのですよ。
それぞれのシーンに意味はあるし、伏線も含まされている。
でも、洋画の描写とは明らかに違う。
はっきりと目的に向かっては進まない。伝えない。
物語進行に必要なカットを、必要なようには撮らない。
見る側が思考を働かさなければ観たままで終わるが、
思考をめぐらすことで複雑な意味が浮かび上がってくる。
むしろ何倍にも深みが増してゆく。
それが情感をメインとした描写の面白みであり、難しい
ところ。
平面的に捉えたら、「ヒマなシーンの連続で退屈だなあ」
で終わってしまうからね(しかも、本当につまらない場合
もあるから観る側もリスクが伴う)。
そんなリスクを背負うなら、ドカンとアクション入れたり、
目に刺激を与えたりした方が手っ取り早いが、それは和の
美意識からは遠のくんじゃないかしら。
やはり、文化的な差が演出に出るのではないか。
「言わなきゃ分からない」を信条とする西洋と、
「言わなくても分かるでしょう」を美徳とする日本。
日常生活を描写し、とくに事件が起こらない一般人の
その日暮らしを描くことが可能なのも、そういった情感
を伝えることを大切にした日本映画ならでは。
そういった手法を人狼はアニメでありながら積極的に
取り入れている。
アニメは本来奇抜に動くことが長所であり、利点では
あるけれど、その活劇的な表現手段であえて日本映画的
な描写を持ち込んでいるのが人狼の個性になっている。
そもそもそういったアニメ映画を始めたのは押井という
人で、沖浦監督はその路線をさらに推し進めたのだと
いえるんじゃないかな。
こうやって書いてゆくと、日本映画なれというか、日本
文化慣れがある程度は必要かもしれない。
そして逆に、外人は「自分たちが持っていないものゆえに」
そういった描写が新鮮で、インパクトを感じるのかもしれ
ない。
そんなところです。
喜んで、いただけましたか。
それではこの辺でお別れしましょう。
サヨナラ、サヨナラ、 サヨナラ。 |
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