 | 引越し文その3
▽ 2006/10/15 (日) 23:14:18 ▽ kawamura
▼ マチュさん
> ▼ kawamuraさん
アニメならではの飛んだり跳ねたりというのは、一方で
チープに見えるということなんですよ。
男たちの挽歌はその最たる例で、あれに入っていけない
人は多いと思うんですよね。
ただ、男たちの挽歌と人狼が大きく違うのは、強さの質
の違い。
これを考えないとつまらないだけだと思う。
ヒーローの強さは荒唐無稽でもいいけど、ミリタリーと
いうのは現実の延長であり、リアリティは重要。
たとえればガンダムは飛んだり跳ねたりしてもいいと思う
けど、ボトムズは飛んだり跳ねたりしないところが逆に
「イイ」。チョウ・ユンファはどう考えてもガンダム側。
そこを観て欲しいなあと。
人狼は兵士として、兵器として洗練された動きがイイ。
プロテクトギアはそういう中での無敵感です。
押井モノにそこを期待しない人はいないからね・・・
逆に押井監督の脚本の世界にガンダムはありえないという
ことです。
まあ、イノセンスは俺もどうかと思うけど・・・
「無敵のくせに情けない」
こんな設定、銃夢ではもっともオイシイ部分のはずだけど
なあ。魅力は「強いものが強いから勝つ」ではないはず。
物語の深みというのはそういうところから生まれるんじゃ
ないかと。
従順な犬としての力の跡だけというのは、人狼には当て
はまらないと思うな〜。
銃夢でいうと、人狼と呼ばれる男たちは電と近いだろう。
自分の背負ったものを全うすることしか出来ない、愚直な
人間ではあるけど、あくまで牙のある狼として描かれている。
彼らは人間としては欠けた感じに見えるけど、己の本分「獣」
を全うした際にはすこぶる非情でかつ優秀。
それがプロであり、人ではない獣たちの姿ですよ。
政治的には敗れて消え行く存在でありながら、それは弱い
からではなく・・・という所にジオン軍的ロマンがある。
狼と獲物の恋の話をしよう。
あらしのよるに、もまあ、同じテーマだけど。
ただ、人狼ではみどりのもりを選択したりはしない。
狼は獲物である「人間」を食い殺すために生きているし、
食い殺すことしか知らないんですよ。
そんな狼が、食い殺す対象である赤頭巾を通して「人間」
を知ったとき、獣でいられるかどうか・・・
その葛藤を描いた話ですよ。
だから狼の恋の表現はつたない。
思いははかない。
いってみれば人としてはたいそう情けないんですよ。
だからこそ主人公は狼としての生き方を選んで、そこに
居場所を見つけた。赤頭巾に会うずっと前にですよ。
だから狼はゆらぎながらも「自分の本質」を裏切れない。
やはり「狼は人の皮をかぶったとしても狼でしかない」
という真理を、下水道でのあのプロテクトギアの無敵感で
狼自身も赤頭巾も思い知るわけですよ。
だから赤頭巾は「幸せな結末として」、愛する狼の牙に
かかることを望むんです。
そして赤頭巾自らおとぎ話の最終節を口ずさむ。
「・・・どうしてそんなに大きな歯をしてるの?」
物語としてあのラストは見事に「オチている」と思うな。
そうして、狼は赤頭巾を食べた。
まったくストーリーとしてはハッピーエンドですよ。
たとえばラストで赤頭巾を人狼が撃たなかったら、感動は
しない。ただの都合のいいおとぎ話になるでしょうね。
・・・人狼はこのようにいくらでの構成とテーマの妙を
分析して解説することが俺は出来るけどなぁ。
それがみんなに共感を呼ぶかはともかく。
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