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[136] Re:脱線しますが返信 削除
2006/9/18 (月) 14:35:56 kawamura

▼ Ivanさん
>>  FFファンとしては複雑な気持ちになるレスですなあ(汗)。最近のFFは「ゲームとしてのFF」と「映像、ドラマとしてのFF」が乖離していることは否定しきれない。(最新のXIIでは乖離がある程度和らいでいる印象を受けましたが)
>  逆にプレイそのものがいつしかストーリーになっているゲームの代表格はゼルダ。ドラクエもいい線いってるけど。


まあ、俺はゲーム企画としてはディテールの専門家として
ずっと仕事をしてきているので、自己矛盾ではあります
けどね・・・でも師匠の教えがそうなんで。

しかし適度なあんばいっていうのは作品によって違うから、
自分に合ったものはいいんじゃないですかね。
たとえば個人的にFFでいうと、俺的にナンバーシリーズは
FF1とFF11のみゾッコンラヴですし。
この計算で行くと次はFF111には惚れる予定。

さて、もうゲドの話に戻します。
いろんな感想を読んでみたけど、みんな内容については
不満たらたらで、特に主人公にはまったく共感していない
けど、劇中に歌われる歌や風景などの映像については
そこそこ評価がいいようですね。
これらはセンスというより技術力とプロデュース力の部分
が大きいから、宮崎家の家臣団の力はあるわけですよ。
ネタ拾い用としてDVD買う気が一割くらい増しました。

映画は一発勝負だから、印象をどう持たせられるかである
程度勝負が決まってしまうけど、DVDは何度も繰り返し見る
から、また少し評価が変わってくるかもしれないしね。
ちょっと楽しみだなあ。

[533] 今更ながら…返信 削除
2008/1/22 (火) 22:43:13 SSKU1

ピクりと食指が動いて脊髄反射でレスをつけてしまいましたが、日付を見ると 2007/09/18 ではありませんか…。新参です。何だか申し訳ございませんm(_ _)m

映画の見方なんて多者多様で、感想や批評もそれぞれのものがあって然るべきはありますが、それを言っちゃあ、せっかくの掲示板が静まりかえってしまいますので、敢えてアレコレと意見を申してみようと思います。ごめんなさいm(_ _)m

▼ Ivanさん [124]
> そもそも映画というのは映像なので、伝えたいメッセージやテーマがあるのならあくまで映像で語らねばならないはず。

kawamura さんも同意されているように、僕もこれにはかなり同意できます。アニメや映画といった映像作品は映像で、しかも時には象徴的に、語られるべきものが示されなければいけないと僕も思います。例えば、デヴィッド・リンチ。彼は何も語りません。謎が謎を呼ぶムチャクチャな展開も決してただ単に奇をてらったものではありません。まぁ、流石に一人で全ての行間を埋めることは僕には出来ませんが…^^;

ゲドに限った話ではありませんが、映像作品における冗長な説明はお子様を意識してるのかもしれませんが、そんなものは、大人は当然、子どもすらも満足させてくれるものではありません。詩人が詩においてぼんやりとした悲しさを表現したいのに、文中で「悲しい、悲しい」とただぼやいているようなものです。媒体は何であれ、言葉ではどうにも語り尽くせない、それが表現したいものであるはずです。

▼ Ivanさん [137]
> FFファンとしては複雑な気持ちになるレスですなあ(汗)。

僕もFFファンですが、僕の中ではFFは6で終わってしまったようです><まぁ、最近はゲームすらもしませんが。あぁ、ピコピコ音とドット絵が懐かしい…。

▼ オクテットさん [478]
> ラピュタよりは出来が良かったと思います。

ラピュタは冒険活劇アニメとして、1つの金字塔を打ち立てたと思います。それに、これまで何度も何度も観てきましたが未だに飽きません。逆に、歳のせいかもしれませんが、最近のジブリ作品でそういった作品にはなかなか巡り合えないように感じます(このスレで話題になってる「時かけ」は、毎年夏になったら1回は観てみたいなと思わせる作品でした。夏の感触が懐かしい)。まぁ、主観ばかりで議論の余地もない世迷言ですが、1ラピュタファンとして少しはフォローが出来ればなと思った次第です。

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